著者 : 佐藤 洋一
みなさんこんにちは。前回、日本社会のグローバル化を考える上で、避けては通れない「企業内英語研修」について紹介をさせていただきました。日本企業の多くが、人材育成の一環として企業研修を取り入れていること、そしてグローバル時代に企業内英語研修のニーズが高まりつつあり、多くの企業で取り入れられるようになってきているということをお話ししました。さて、今回は日本の企業研修の歴史について、お話をしていきたいと思います。
企業内英語研修の歴史を紐解いていきますとその起源は意外に古く、明治時代、職業訓練の一環として英語の「読み書き」を中心としたトレーニングがなされていたことに行き着きます。ただし、当時の日本の状況は現在とは全く異なり、長く続いた江戸時代が終わり、早急に海外の知識・技術を吸収し、ヨーロッパ諸国と肩を並べられる国にしなければならない。「国の発展のため」というのが当時の英語学習のモチベーションでありました。現在のような企業の福利厚生の一環としての、企業研修が始まったのは、戦後になってからのことです。
高度経済成長期に入った1950年代、東京に拠点を置くある商社で、自己啓発色の強い英語学習グループに企業が補助金を出したことをきっかけに、企業内英語研修の認知度が高まりました。当時はあくまでもグループ学習でしたが、1960年代にはレッスン形式での英語研修も始まったと言われています。この頃になるとネイティブ講師による英会話クラスも導入され始めました。この間ビジネスパーソンの英語学習のモチベーションは、もっぱら海外から日本にやってくる方に、英語で対応すると言う目的のためでした。
オイルショックと経済の変化
このような英語学習のモチベーションに変化が生じたのが1970年代です。オイルショックに伴う経済の変化に晒された日本企業では、海外拠点にマネージャークラスの社員を派遣し、現地でのビジネスオペレーションをする必要が生じてきました。そこで、海外でも活躍できる、いわゆる「リージョナル人材」を育成するため、マネージャークラスの社員に対する英会話研修のニーズが高まりました。
1980年代に入ると、社会全体の潮流として、読み書きができるだけでなく、より高度な英語運用能力をもった人材を育成する必要性が大多数の企業で認識され始めます。そこで、能力のある社員を少数精鋭でアメリカに派遣し、MBAを取得させ、日本企業に逆輸入するという試みが始まりました。
1990年代になり、多くの企業ではアメリカでMBAを取得した人たちが、日本企業に戻ってきて、各企業のグローバルなリーダーとなることが期待されていました。しかしながら、蓋を開けてみると、MBA取得者の多くは、自分の企業に戻っても居場所を感じられず、むしろアントレプレナーとして自分で起業するという選択をするようになります。このことは、多くの日本企業にとっての大誤算であったと言われています。
そこで、日本企業からアメリカに留学をさせるという選択肢のオルタナティブとして、自社の中で自社のために貢献してくれる英語のできる人材を育成していくと言う必要性が生まれてきました。またこの頃から、企業内英語研修は少数精鋭の有望社員に対してのみ行われるものではなくなり、全ての社員を対象としたものに少しずつ変化していきます。さらに企業英語研修のカリキュラムも、一般的な目的のための英語(English for general purposes)ではなく、専門的な目的の英語(English for specific purposes)のコンセプトを取り入れたものが主流になっていきました。例えば、Eメール、電話対応、プレゼン、ネゴシエーション、ミーティングなど、ビジネス英語に特化したスキル重視のものに変わっていきます。
2000年代になり、企業のグローバル化が進む中で、マネージャー昇格の基準にTOEICの得点を取り入れるといったように英語が昇格基準の一つとして取り入れられるようになりました。2010年以降は、楽天やホンダの社内英語公用語化に代表されるように、会社の中で英語が使える企業言語インフラ整備の必要性が声高に叫ばれるようになりました。
今後の進むべき道
このように日本の企業内英語研修の変遷は、経済の動きと密接な関わりを持っているということがわかります。ドイツの元首相ビスマルクは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言う格言を残しています。日本の今後のグローバル化を考える上で、企業研修の歴史を振り返ってみましたが、この歴史を踏まえると、今後の進むべき道が自ずと見えてくるのではないでしょうか。
2020年、グローバル化が進む現在、AI技術の導入により、機械翻訳の精度も大幅に向上したということはよく知られています。ということは、英語が流暢に話すことが出来ない人でも、AI技術を駆使した機械翻訳を利用することで、他国のビジネスパーソンを相手に不自由なくビジネスコミュニケーションをとることの出来る時代に突入しつつあるということです。 このような時代、「もう英語を一生懸命勉強すると言うことの意義が失われてしまった」と悲観してはいけません。実は、AI技術の導入による機械翻訳が一般化しつつあるこの時代だからこそ、そのAIがまだ到達していない、人間が自分の口で英語を話すことの意義が高まりつつあるのです。この激動のグローバル化時代・デジタル化時代の英語学習を読み解くためのキーワードが、現在ビジネスコミュニケーション研究でも注目されている最新の理論、「ラポール・マネジメント」なのです。今後のビジネスコミュニケーション研究は、この領域に向かって広がっていくとわたしは考えています。この「ラポール・マネジメント」とはどのような考え方なのでしょうか。次回、第3回のコラムでこの領域のことを詳しくお話ししていきたいと思います。